Nov 26, 2009
ソーラーパネルのおかげで省電力
今年の夏は、すぐに省電力の戦いでした。主婦の中からこのように省電力でした、そしてそのような話で盛り上がっていました。も、暑い中子供たちに忍耐を求めるのはやはり不可能です。うち、昨年の太陽電池パネルを設置していたので、おかげで節電するどころか、売電していました。今後の電力供給が不安定な時にも太陽電池パネルは必須ですね。対象地震の後の近くでは、太陽光発電を導入しているお住まいが増えている。太陽光発電は家を新築する際、インストールすることがないことを考えると、そうではないことが明らかになった。すぐ隣の家では、地震後に壊れた屋根も治療していることを考えると、太陽電池パネルを屋根に設置されたものだった。我が家も太陽光発電したいと思う。
タレントの眞鍋かをり(29)が所属する芸能事務所、アヴィラ(東京都港区)に薬莢と脅迫文が入った封筒が届いた事件。知的タレントのイメージとはかけ離れた物騒なニュースの背景には、いったい何があるのか。
捜査関係者によると、アヴィラに不審な封筒が届いたのは約10日前。「××隊」と送り主の具体的な団体名が書かれ、開封すると脅迫文と拳銃の薬莢7つが入っていたという。投函されたのは愛媛県。眞鍋の出身地でもある。
封書は、概ねこんな内容だったという。
《犯行予告 これは神の指示により行われている。愛媛県の名士・眞鍋様を苦しめるのは許せない。我々が天に代わって神罰を下す。我々は来るべき日に備えて毎日銃の訓練をしている。はずすことは一切ない。そのときは一撃に処す》
事務所では、警視庁高輪署に被害届を提出して、脅迫事件として受理された。
「イタズラか、嫌がらせか。それとも本当の脅迫なのか。いずれにしても事務所、タレント双方にとってイメージダウンとなり、誰も得をしないのに、なぜこんなことをするのか」と芸能プロ関係者。
眞鍋と所属事務所側は移籍を巡って2009年から現在に至るまで係争中だ。
1999年に芸能界入りした眞鍋は、横浜国立大在学中から巨乳グラドルとして人気を集め、知的なセクシーさを武器に情報番組からバラエティーまで引っ張りだこだった。元祖・ブログの女王として、ネットで注目を集めたアイドルの先輩格で、株や英文法に関する著作もある。
ところが、独立をめぐるトラブルで一転、逆風にさらされている。レギュラーやCMは減り、ブログも閉鎖。結婚秒読みとみられていたお笑いコンビ「麒麟」の川島明(31)との破局も伝えられるなど、とことん運に見放されている。
おバカタレントが多い芸能界では得難い逸材。一刻も早い解決が望まれる。
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日本初のブライダルファッションデザイナーとして46年の歴史を刻み、パリコレへの参加も11回を数え世界のブライダル界のトップランナーとして活躍を続ける桂由美さん。その歴史の中で「いまだに病気らしい病気はしたことがない」という。
年に一度の人間ドックでは、体重増加による中性脂肪値が少し高いだけで、「カゼをひいても早く就寝すれば、翌日にはケロッとしていますから」。
ただ年齢は一切、公にはしていない。
理由は?
「結婚を控えた若いお嬢さんたちとお話しをするとき、あまり年齢がかけ離れた感じでは距離が生まれてフランクに話ができない。人生のちょっと先輩ぐらいの関係でいる方がベストなんです。そうでなければ私は引退だと思っていますから」
元来、意志が強く、毎日の食事に留意し歩くことを心がけている。
「自宅と会社までは、タクシーに乗るには申し訳ない距離に住み、毎日1キロは歩いています」
食事は「朝はだいたいサラダとゆでタマゴ1個と果物とコーヒー。昼は好物の赤身のマグロのお寿司3個と玉子焼き、そして野菜の煮物とお吸い物。カルシウム補給のしらすおろしも定番です。夜は会食が多いけれど、炭水化物はとりませんね」
お風呂では30分の半身浴を続け、仕事の書類に目を通す。その甲斐あって5キロの減量に成功。中性脂肪値も下がりつつあるという。睡眠は平均5時間。できるだけ深夜零時には就寝し、午前5時には起床するという規則正しい生活を送っている。
「とにかくいまはもう責任感のみ。ユミカツラブランドの関連会社33社のライセンシーなどを含むと、ユミカツラに関わる人は約1万人近くいるので、病気で倒れてなんかいられません。今の時代は進むか退くかの選択肢のみ。ならば進むしかない。そういう気持ちが生活の張りになっているのだと思います」
美容院に行く時間の節約で、トレードマークのターバンが生まれたという。
「みなさんはおしゃれのためと思っていらっしゃるかもしれませんが、実はボロ隠し(笑)。学校経営をしていた母が急死し、学校とお店の両方をみるため多忙になり、母が愛用していた帽子をかぶったのがきっかけです。これは便利と自分に合うデザインを考えたらこのスタイルになりました。約120個ぐらい持っていますね」
6、7年前には泳げないにもかかわらずスキューバダイビングの資格を取得し、たまに海外に潜りに行くという。
「息継ぎが上手いらしく、なかなか海底から上がってこないので皆が心配するんです。私が遺言を遺すとしたら、お葬式には歌詞の気持ちとピッタリな『千の風になって』を秋川雅史さんに歌ってもらいながら、千の風になりたい。冗談でお魚に食べてもらいたいと言ったら、スタッフがそれは絶対やめた方がいいって。なぜなら、半身だけで見つかったらどうするんですか! って(笑)」
友人の華道家、假屋崎省吾さんに言われたことは、「2人の共通点は、何にでも興味を持つこと!」。それも最大の元気の源になっている。(ペン・山岸信美
カメラ・桐山弘太)
■かつら・ゆみ 共立女子大学卒業後、フランスに留学。1964年、日本初のブライダルファッションデザイナーとして活動開始。翌年、日本初ブライダルコレクション開催。その後、世界20カ国以上の首都でブライダルショー開催。93年、外務大臣賞、96年、中国新時代婚礼服飾文化賞受賞。99年、日本人初のイタリアファッション協会正会員となり、2003年から毎年パリオートクチュールコレクションに参加。05年、パリ店オープン。10年、全米ブライダルコンサルタント協会名誉会員。著書に「世界基準の女になる!」(徳間書店)「桂由美MAGIC」(集英社)など多数。
23日、東京・両国国技館で70回目のブライダル&エンタテインメントショー「RENAISSANCE JAPAN〜美しき日本〜」を開き大盛況だった。
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