May 19, 2011

大切な自分のPCからのデータの回復を

いつも安心してPCを使用するようにするには、データを回復用のバックアップが欠かせないと思っています。いつPCが調子悪くなるかわからないため、定期的に管理していくことが重要だと思います。これらのデータの回復についても、データの保存方法を構築しておいた方が良いかと思います。いつも使っているPCの状態に戻すことが重要なポイントだと思います。
レンタルサーバーは、主に、複数のユーザーが単一のサーバーを共有する"共有サーバー"一つのサーバーを一人で丸ごと使用することができる"専用サーバー"があります。レンタルサーバーの共有サーバーは、ユーザー性は低いが、低価格で簡単に使用できます。逆に、専用のサーバーは、価格が高くなるが、他のユーザーの影響を受けることができないためストリーミング配信や大容量のホームページ開設に適しています。
 福島第一原子力発電所の事故を踏まえた対策が完了したとして、海江田経済産業相が18日表明した国内原発の「安全宣言」。

 大阪府の橋下徹知事は、「時期尚早極まりない。安全だというのなら、大臣はじめ、霞が関の役人を全員原発の周りに強制的に住まわせればいい」と強く批判した。

 橋下知事はこの日、インドネシア出張から帰国し、関西空港で報道陣の取材に応じた。橋下知事は「本当に電力が足りないなら、リスクを明示した上で、地元に一時的にでも納得してもらうというアプローチにしないといけない」と指摘。「今の日本政府が発する(安全だという)メッセージを信じる国民なんて、よっぽど能天気。自治体は言うことを聞かないと思う」とまくし立てた。

 また、関西電力が一律15%の節電を求める、と発表した際、「停止中の原発再稼働を福井県に働きかけてほしい」と関電側から要請されたことを明らかにした。「将来的に原発依存度を下げる方向性を示すなら協力する」と伝えると、要請を取り下げたといい、橋下知事は「ふざけた態度だ。府民を代表して厳しく糾弾する」と話した。

 日本たばこ産業(JT、東京都港区)が所有する土地の架空転売を持ち掛け交渉費用として940万円をだまし取ったとして、警視庁捜査2課は詐欺の疑いで、品川区八潮、不動産会社社長、藤野明容疑者(53)を逮捕した。同課によると、藤野容疑者は「金は受け取ったがだましたわけではない」と否認しているという。

 事件の舞台となったのは港区にJTが所有する土地で、国際医療福祉大学三田病院が経営されている。藤野容疑者が18年3月以降、計約2500万円をだまし取っていたとみて、同課で裏付けを急ぐ。

 逮捕容疑は平成18年3月〜19年4月、大阪市在住の無職の男性(63)に「JTと国際医療福祉大学でこの土地の取引をめぐりトラブルになっている。転売の受け皿探しを支援してくれれば、仲介手数料を支払う」などと架空の転売話を持ち掛け、受け皿探しの交渉費用として17回にわたり計940万円をだまし取ったとしている。

 藤野容疑者は男性に対し、同大と転売先の取引が約283億円にも及び、報酬としてそのうち3%を支払うと約束していたという。藤野容疑者は同大と転売先で交わされたとする買い付け証明書を偽造して男性に見せるなどの偽装工作を行っていた。

 その後、転売先が数回変わったことを不審に思った男性がJTや同大などに問い合わせたところ、転売話が架空だったことが発覚、今年2月に警視庁に告訴していた。

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 岩手県陸前高田市の和洋菓子店「菅久(かんきゅう)菓子店」の店主、菅野秀一郎さん(35)は震災後初めて約200個のケーキを焼き、18日、市内の「朝市」に並べた。津波で店が流され、一つ違いの弟は行方不明のまま。腕を競ってきた仲間も失った。張り合いをなくしていたが、周囲の後押しで「まず一日だけ」と決めて店を開いた。

 18日朝、テント張りの店に、菅野さんが焼いた甘食とチーズケーキが並んだ。知人の厨房(ちゅうぼう)を借りて作ったお菓子は、1896(明治29)年創業の「菅久」の味を待ちわびた人たちが買い求めた。

 震災から3カ月余がたった。なじみの客から「菅久のお菓子が食べたい」という声を聞くようになった。出店の誘いが舞い込み、「喜んでもらえるなら」と引き受けた。

 菅野さんは店の5代目。高校を卒業すると仙台市内の菓子店で修業し00年、父の後を継いだ。イチゴがどんなに値上がりしても、ショートケーキに大粒の実をいくつも挟んだ。

 津波は本店と駅前店、工場をすべてのみ込んだ。ケーキを焼くオーブンもケーキの型も何一つ残さず、押し流した。再開の道のりはあまりに遠い。

 市内にあった10店近くの菓子店の多くが被害に遭った。津波が襲ったのは、夕方のかき入れ時前だった。菓子店で見つかった遺体は白衣やエプロン姿が目立ったという。

 菅野さんがつらかったのは、同じ老舗の跡取りとして競い、助け合ってきた二つ年上の友人の死だ。同じころ、修業に出て店を継いだ。事業がうまくいかなかったときには一緒に悩み、励ましてくれた。行方不明だった友人は今月14日、遺体で見つかった。「張り合いがなくなっちゃって……」

 前に進めない理由がもう一つある。市職員で、行方不明のままの弟の存在だ。流されるまで、庁舎内で電話交換業務に就いていたと、同僚から聞いた。

 でも朝市で、お客さんの笑顔に触れ、こう思った。「いつになるか分からないけど、きっとまたこの街で勝負したくなる」。その日まで「一日限りの店」をゆっくり続けよう。そう思っている。【市川明代】

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